大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大津地方裁判所 昭和36年(わ)85号 判決 1963年2月12日

被告人 古川春敏

大一三・二・一四生 農業

主文

被告人を懲役六月に処する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は昭和三〇年四月滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員となりその後同三三年八月の改選に際し再び当選し以後同三七年八月まで同町議会議員の職に在つたものであるが、

第一、昭和三六年二月二八日同町大字五村所在の虎姫町役場二階の同町議会議場において開催された昭和三六年同町議会第一回臨時会に議員として出席し、会議に上程された第一号議案昭和三四年度虎姫町才入才出決算認定の件につき、同町当局が同町大字宮部の道路工事に関し、工事を請負施行した業者から工事遅延のための延滞金を徴収していない点及び同町大字酢の災害復旧工事につき請負人が自ら施工せず地元農民の労力により工事を施行しながらその労賃の一部不払がある点を理由として右議案の承認に強く反対したが、同議会議長竹内康雄が各議員の質疑及び討論を求めた後同日夕刻頃表決を採るべきか否かを議会にはかろうとした際、「やれるならやつてみよ」と言うなり議長席につめより、背後から同議長を抱えて右議場の出入口まで引きずつた上議場外に放り出して転倒させ、更に同議場出入口の扉を内部から閉ざして同議長の議場内への入場を阻止する等の暴行を加え、以て同議長の公務の執行を妨害し

第二、同年三月二九日前同議場において開催された昭和三六年同町議会第二回臨時会に議員として出席したが、日程第一〇の議長改選の結果前記竹内康雄が再び議長に当選したところ、同人において「私は御遠慮したい、重責のある職であり辞退したい」と発言したが、議員多数より就任を懇請する旨の発言があり、又新井弥津之進議員からは「竹内氏が固辞されるので本人を苦しめるのも能でないと思う」旨の発言があり、国友孝男議員から「休憩して協議することとせられたい」旨の動議があり、議員多数の賛成により休憩に入り約二五分間休憩の後再開し、食事のため約四五分間にわたり再び休憩した後同日午後八時半頃開議の上副議長辻本藤三郎が議長席から「議長選挙の結果竹内氏が当選されましたが辞退を申されたので懇請いたしましたところ受入れていただいたので竹内氏を議長に決定されました」と宣言し、次いで右竹内が議長席に着き議長就任のあいさつをしようとするや、被告人は「そんなやり方があるか、選挙はペテンや、そんなに議長になりたいのか」等と怒号しながら議長席につめより、右竹内の対座する座机をひつくり返すと共に机もろとも同人を押し倒して仰向けに転倒させる等の動作を約三回反覆し、以て右竹内に暴行を加え

第三、更に右第二の暴行の直後同議場において右辻本藤三郎が被告人の右暴行をたしなめようとして被告人に対し「暴力を振うな、議会で何ということをするのや」と言つたことに立腹し、右辻本の足に自己の足をからませて同人を議場の畳の上に引き倒してその上に乗りかかつて手で同人の顔面を殴打し更に立上つた同人の胸倉をつかみその顔面を手で殴打する等の暴行を加え、因つて同人に対し治療約三日間を要する脳震盪、鼻根部打撲衂血等の傷害を負わせ、

第四、更に右第三の犯行の直後同議場において同町議会議員で工場誘致委員長である富永正文に対し「お前工場誘致委員長はやめないのか、何故やめないのか」と言つたところ、同人が「研究したがやめる必要はないのや」と答えたことに立腹し、同人の肩を足で蹴りつけて同人を仰向けに転倒させて暴行を加え

たものである。

(証拠の標目)(略)

昭和三六年虎姫町議会第二回臨時会議事録写によれば判示第二の事実が発生した日の議事の経過については左のような趣旨の記載がある。

昭和三六年三月二九日虎姫町役場二階の第一会議室において昭和三六年虎姫町議会第二回臨時会が招集され、被告人を含む一九名の議員が出席の上午後四時四五分開会され、午後六時までの間に日程第一、議事録署名議員の指名について、日程第二、会期決定について、日程第三、昭和三五年度虎姫町歳出予算の繰越につき議決を求めることについて、日程第四、中学校特別教室新築事業を継続費とすることについて、日程第五、東浅井郡町村伝染病院組合の解散について、日程第六、東浅井郡町村伝染病院組合解散に伴う財産処分について、日程第七、長浜、坂田、東浅井市町村伝染病院組合への加入について等の諸議案についての審議を終つた後一旦休憩に入り、午後六時三〇分再開し、議長竹内康雄の提出していた議長の辞表を受理するか否かの審議に入り、副議長辻本藤三郎が議長席に就き審議の結果議長の辞表を受理し議長改選を行う旨を議決し、各議員投票の結果、副議長辻本が開票結果を報告、投票総数一九票、有効投票一八票、白票一、竹内康雄議員が一三票の多数を以て当選した旨を告げ、新議長が決定したので議長席を退きますと告げ自己の議席についたところ竹内康雄議員は、「私は御遠慮したい、重責のある職であり辞退したい」と述べたところ、議員多数より就任を懇請する旨の発言があつたが、新井弥津之進議員より「竹内氏が固辞されるので本人を苦しめるのも能でないと思う」旨の発言があり、国友孝男議員より「休憩して協議することとせられたい」旨の発言がありこれに対する賛成の声多数あり、副議長辻本が「ただ今休憩の動議がありましたが御異議ありませんか」とはかつたところ、異議なしの声多数であつて副議長辻本は「異議なしと認めしばらく休憩としてその間に竹内氏に議長就任をお願いすることといたします」と告げ午後七時一五分休憩に入つた。午後七時四〇分辻本副議長開議を告げたが松本昇一議員より「休憩して食事にしてはどうか」との発言及びこれに賛成の声多数あり、副議長「多数賛成ですので休憩として夕食といたします」と告げ午後七時四五分休憩に入り、午後八時半副議長開議を宣し、「議長選挙の結果竹内氏が当選されましたが辞退を申されたので懇請いたしましたところ受入れていただいたので竹内氏を議長に決定されました」と告げ自席につき、竹内議長議長席につく。新井議員、こういうやり方はいけないと述べ、古川議員、議長の辞職を求めて議長席につめよる、議場騒然となつて議事進行できず、議長、古川議員退場して下さいと述べる(午後八時四五分)(議事の進行できず議場混乱する)議長、古川議員退場して下さいと重ねて述べる。国友孝男議員、議事が進行しないので静かにしてほしいと述べ(議長が議長席につけないため議事の進行できず)馬場議員、こんな状態では議事が進行しないので本日はとにかく閉会して改めてやつてほしいと述べ、改めてやつてほしいの意見多数あり(午後九時二〇分)国友喜六議員、今晩はこれで閉会してほしいと発言、町議場が混乱しているので改めて寄つていただいたらどうかと要望、辻本副議長、私は議事の運営ができないのでかわつてやつてほしいと述べ、富永正文議員、次の議会の招集を誰がするのかと問う、書記、招集は町長が行いますと答える。国友孝男議員、招集されたんだから議事の結末をつけてほしいと述べ、古川議員退席、国友喜六議員年長議員に仮議長についていただき終結をつけてほしいと述べ、賛成の声多数あり、議長席に年長議員国友陵策議員着席国友陵策仮議長、正副議長ともに議長席につかれないのでこの議場の収拾を如何にすべきかをはかる。新井議員、閉会するにしても目安をつけてやつてはどうかと述べ、富永実蔵議員、不明瞭のままではいけないと述べる。国友孝男議員、議長改選までの線まで白紙にもどしてはどうかと述べ、富永実蔵議員、一旦選挙をしておきながらそれができるかと述べ、松本議員、一応前議長の辞表を受理しそこまでの決議としてあとは白紙にして今後の議会招集告知は副議長がする、副議長事故あるときは仮議長がすることにしてはどうかと述べ、賛成の声多数あり、米田議員、選挙を御破算にするのか、選挙は事実だから選挙の結果までとして閉会してはどうかと述べ、新井議員、松本、米田議員とも、もつともなことだが選挙をしたことは事実だが辞退していたのだからもう一度苦しめることはよくないと述べ、松本議員、辞退受理まではよかろうと述べ、国友仮議長、米田議員の意見と松本議員の意見の二つとなつたがこれについて採決をとりたいが異議ないかをはかつたところ、異議なしの声多数で仮議長、御異議なきものとみとめます十八番議員(松本昇一)の意見に賛成のお方の挙手を求めますと述べ、賛成の声とともに挙手する者多数であつて午後一〇時五分臨時議長、本日の会議は議長の辞表受理までとしてあとを白紙にもどし次の議会の告知は副議長ですることにして本日の会議を閉会する旨を宣した、という趣旨の記載がある。

又昭和三六年虎姫町議会第三回臨時会会議録写には、次のような趣旨の記載が見られる。

昭和三六年四月九日虎姫町役場第一会議室において同町議会第三回臨時会が招集され、一七名の議員出席の上、副議長辻本藤三郎が議長席につき午後五時八分開会を宣し、日程第一、第二を終了後日程第三、「議長選挙の件」を上程議題とする旨を告げ午後五時三〇分から六時二〇分まで及び午後六時三〇分から九時三五分まで全員協議会を開いて協議の後午後九時三五分本会議を再開辻本副議長病気のため国友喜六議員が仮議長となり、議長選挙についてはかつたところ松本議員より選挙で議長を選出されたいとの発言あり賛成多数で、議長、選挙は投票により行う旨決定と告げ、国友孝男議員、無記名投票によられたいと述べ、松本議員、単記無記名投票に賛成と述べ議長、単記無記名投票と決定、開票立会人に五番、一四番、一七番各議員を指名、議長選挙を行う旨を告げ、書記辰己投票用紙配布、議長投票洩れがないか確認、開票、議長開票の結果を報告します、投票総数一五、竹内康雄最高点で当選を報告、富永実蔵議員、内容を発表願いたいと述べ、議長、竹内康雄一二票、富永実蔵、国友孝男、馬場浅治各一票の旨発表、竹内議員、重ねての当選ですが空気を一新するため辞退したのだから意のあるところを汲んでほしいと述べ国友孝男議員、気持はよくわかるが圧倒的多数でもあり一日も早く正常な議会になるよう私情をまげて承諾してほしいと述べる。松本議員、竹内議員の弁明の気持はわかるが、本人に対してお気の毒だが私情をすてて御就任願いたいと述べ、竹内議員、責任を感じているがよく事情をくんでいただきたいと述べ、松本議員、民主的な方法で選んだのだからみんなの意思をよくくんで就任してほしい、富永正文議員、同意見である、福永議員、御苦労様であり同情するがまげて承諾願いたい、米田秀造議員、この際思い切つて承諾願いたいと述べ、議長、ただ今多数の御意見どおり多くの問題が山積されている時思い余るものがあるが一日も早く議会を正常運営にしたい、町民に対して責任を果すため議長をもりたてて協力することをお誓いする、私事を投げうつて議長を先頭にもり立ててやるからよろしくたのむと述べて自席へつく(午後九時五〇分)竹内議員議長席につく、竹内議員、一言御あいさつ申上げる、町民全体の与論にしたがつてやつているが、誠意のとどかぬところをはんもんしている、折角の御厚志にくり返してやつていてもいたし方ないので重ねてやることは厚顔の至りと思うが議長をおうけします、自己を反省し大所高所から与論に従いやつて行く、格別の御支援をお願いすると述べ、国友孝男議員、ただ今新議長を迎えて力強く感ずる。重要案件につきまつしぐらに推進したい、重ねては心苦しかつたがよろしくお願いする。竹内議長でなければという意見が集中したもので我々も微力ながら協力したいと述べ、以下竹内議長が議事を整理しつつその他の議事を進行せしめ同日午後一〇時一三分会議を閉ぢた、という趣旨の記載がある。

結局右二通の議事録写によれば、虎姫町議会は昭和三六年三月二九日の会議における投票の方法によつて行われた議長選挙の効力を擬制的に無効とし、同年四月九日の会議において再び投票の方法による議長選挙を行いその結果竹内康雄議員が当選し同人は一旦これを辞退する旨の発言をしたが結局当選を受諾し同人が議長となることについては同日の会議ではどの議員からも異議が述べられた形跡がなく同日の議会における選挙により同人の議長当選の効力が発生したものとして虎姫町議会が取扱つていると解されるのである。

この事実は第二回公判調書中証人竹内康雄の供述記載、証人米田秀造の当公判廷における供述によつても裏付けられているところである。」

ところで前記三月二九日の議事録写証人新井弥津之進、同辻本藤三郎、同国友孝男の当公判廷における各供述、第五回公判調書中証人中村貞蔵の供述記載、第四回公判調書中証人村上一三の供述記載、第三回公判調書中証人富永正文の供述記載、等を綜合すると、三月二九日の会議において議長竹内康雄が従前より議員間の申合せにより議長は一年毎に交代とし一年間を勤めた者は辞職することとするとの慣例に基き辞表を提出したので議会はこれを受理して同人の辞職を許可し、続いて投票の方法により議長選挙を行つたところ竹内康雄議員が多数を獲得して当選したが、同人がこれを辞退する旨の発言をしたところから、同人に議長就任を懇請しようという意見を表明する議員があつたのに対し、新井弥津之進議員はそれに反対の趣旨の発言をし、国友孝男議員より休憩して協議すべきであるとの動議があり副議長辻本が議員にはかつた結果動議が可決され午後七時一五分休憩に入つたが、午後七時四〇分再開したところ、再び松本昇一議員より休憩の動議がありこの動議も可決され午後七時四五分再び休憩に入り、午後八時半開議辻本副議長より竹内康雄議員に懇請した結果同人が当選を受諾したので同人が議長となることに決定した趣旨の発言をし議長席から自己の議席に着き竹内康雄議員が議長席につき議長就任のあいさつをしようとしたところ新井弥津之進議員より「こういうやり方はいけない」との発言があり被告人もまた右の辻本副議長及び竹内康雄議員の措置、発言、行動を不当としてこれを難詰しその際被告人が竹内康雄議員に対し判示第二の暴行に及んだものであることが認められるのであつて、新井弥津之進議員及び被告人等は竹内康雄議員が議長当選を辞退する旨の発言をしたその後における辻本副議長の措置及び竹内康雄議員が議長としての行動を開始したことに対して異議を唱え以つて被告人が右暴行に出でたものであることが右認定の経緯から窺われ右暴行に際し被告人は竹内康雄が適法かつ正当に議長に就任したものであるとの認識を有していなかつたのではないかと疑われる節があり、被告人が暴行を加える対象が議長であるとの認識を有していたと断定することは困難である。

一体竹内康雄が右のように辞意を表明したのはそれが果して確定的な当選辞退と見られるかどうかは疑問の存するところであるが、町議会としては辞意が確定的なものであるか否かの疑義についてこれを明らかにし、もし不確定な場合はこれを確定せしめ、辞意が確定的な場合には当選人が当選を辞したものとしてこれに応ずる措置を採るべきであつて、虎姫町議会会議規則写によつて認められる同規則九二条は、議会において行う選挙について「当選人が当選を辞したときは、議長は選挙すべき者の数をもつて有効投票の総数を除して得た数の四分の一以上の得票者の中から当選人を定めなければならない」と規定し、同規則九三条は「当選人がないとき若しくは当選人が選挙すべき者の数に達しないとき又は前条の規定により当選人を定めることができない時若しくは当選人を定めてもなお当選人が選挙すべき者の数に達しないときは、議会は更に選挙を行わなければならない」と規定しているから、この規定に従つて当選人の決定若しくは再選挙を行うべきであると考えられるが、虎姫町議会は前認定のように三月二九日の議長選挙を擬制的に無効とし右選挙がなかつたものとして改めて四月九日の議会において議長選挙を行いその結果竹内康雄議員を当選人として議長に就任せしめたのであるが、議会のこのような措置が適法且つ妥当であつたかはともかくとして議長選挙に関する虎姫町議会の右の措置は地方議会の自律権の範囲内に属する事項として自主的にこれを決定し得るものと言うべく、議会の議員から選挙に関する異議についての議会の決定を不服として訴願を経た後更にその裁決を不服として裁判所に出訴した場合(地方自治法第一一八条参照)若しくは普通地方公共団体の議会又は長が議会の議決又は選挙に関し裁判所に出訴した場合(同法第一七六条参照)の外は司法権は地方議会の右のような自主的決定に関与し、三月二九日の選挙の結果竹内康雄議員が議長に就任したものと認定することはできないものと解すべきである。

本件起訴状の訴因第二は「昭和三六年三月二九日前同議場において開催された昭和三六年同町議会第二回臨時会に議員として出席し、日程第十の議長改選の結果前記竹内康雄が議長に再選され、同人において一応辞退したが結局就任を受諾し、議長席に着き就任の挨拶をしようとしたことに立腹し「一たん辞退した者が議長席につくとは何事や、そんな馬鹿なことがあるか」等と怒号しながら議長席につめより、同議長の机をひつくり返した上同議長の肩附近を数回手で突いて仰向けに三回突き転ばす等の暴行を加え、もつて同議長の公務の執行を不能ならしめて妨害したものである。」と記載されているのであるが、右に説示したように、被告人は竹内康雄が虎姫町議会議長に正当に就任したものであるとの認識を有していたとの心証を当裁判所は形成し難いばかりでなく、三月二九日の選挙によつては竹内康雄が議長とならなかつたとの前認定のような議会の自主的措置を否定する権限を当裁判所は有しないのであるから、右訴因の公務執行妨害罪につき有罪の認定をすることは困難であるが、右訴因は被告人の竹内康雄に対する判示第二の暴行の所為によつて公務の執行が妨害されたという意味において公務執行妨害罪として指摘したものであるから、竹内康雄に対する判示第二の暴行は起訴状の訴因第二と基本的事実関係において同一であり前掲証拠によつて判示第二の事実が認定し得る以上このように暴行罪として有罪の認定をすることにつき当裁判所が訴因変更の手続を経なくても被告人の防禦に実質的不利益を生ずるおそれがないと考えられるので、判示第二の如く竹内康雄に対する暴行罪として有罪の認定をした次第である。

(弁護人及び被告人の主張に対する判断)

一、本件公訴が起訴条件を欠き不適法であるという主張について。

弁護人関田政雄は本件の第一乃至第四の各公訴事実については虎姫町議会の告訴若しくは告発がないから起訴条件を欠き公訴が不適法であると主張し、その理由の要旨は「起訴状第一乃至第四摘示の事実は被告人が虎姫町議会議員としての議場における職務執行行為又は職務執行に附随して行われた行為であつて、このような行為については、地方議会の議員は、日本国憲法第五〇条の不逮捕特権及び同第五一条の発言、表決の免責特権と同一の特権を享有するものであり、その根拠は左のような点にある。

すなわち国会議員が国会内においてした演説討論表決について院外において責任を負わないというのは、国会議員をして自由に大胆にしかも何者をもおそれることなくその信ずるところを発表せしめて国政に寄与せしめんがためであるが、地方議会の議員にも同一の理由に基いてその特権を認めるべきではないか。国会議員はこの特権なくして自由な意見の表明ができないが地方議員はこの特権なくしても、それができるという確実な根拠は存在しないし、且つ地方自治の重要性から見て、地方政治は中央政治より軽く見てよい理由も存在しない。同一の理由に基いて不逮捕特権もまた地方議員に認めなくてはなるまい。また免責特権の範囲は法文の上にあらわれた演説、討論、表決にのみ限られるべきではなく、これに附随する一切の行為を含むべきであろう。憲法にいう表現の自由というものも、単に言論、文筆にのみ限定すべきでなく、デモ、集団行動をも含むが如きである。国民大衆が国会におしかけ、街頭でジグザグ行進することもまた表現の自由の保障するところであろう。してみれば、議員がその職務を行うについて少々の実力行使もまた表決の自由の中に含まるべきである。国会に自律権、免責特権、不逮捕特権があるからといつて不起訴特権まで含むものではないとの学説もあるが、刑法に謙抑主義なるもののあることも、刑法学の第一歩である。もし刑法がこの謙抑主義をすてて、議会内の議員の行為につき、無条件に司法権の発動を許すに至つては、時の権力は司法権に訴えて反対党排斥の挙に出て、議会の使命はこれがために著しい脅威をうける危険なしとしない。いわゆる検察フアツシヨの弊害である。仮に論者のごとく議会内の事件と雖も不起訴特権を含むものでないとしても、その起訴要件として議会の告訴告発をまつて起訴するという謙抑的態度に出ることが政治的配慮から見て大切なのではなかろうか。議会の機能の発揮のため、議会に告訴告発権を認めたら、正義は没却されるか否か。それは議会の良識に信頼すべきであろう。もし議会の良識が信ぜられないというのなら、その議会に立法権を認めることこそ危険千万と言わねばならない。昭和二四年六月一日最高裁判所判決は、議院における証人の宣誓及び証言に関する件につき、議会内における証人の宣誓及び証言に関する法律に規定する偽証罪については、議院若しくは委員会又は両議院の合同審査会の告発を起訴の要件とする、と判示している。偽証罪は刑法の罪としては親告罪ではないが、右判例は議会の自律主義から告発を以て起訴の要件とすべしと判示している。さらに起訴便宜主義の立場から言つても、議会の運営を円滑にするために議会の告訴告発なき場合、起訴せざることにするのが、妥当であり、法の精神に合致するのではないか」というのである。

ところで本件公訴事実について虎姫町議会の告訴又は告発がなかつたことは証人辰己外弥の当公判廷における供述により明らかである。

そこで先ず憲法第五〇条及び第五一条に定められた特権と同一の特権を普通地方公共団体の議会の議員(以下普通地方公共団体の議会を地方議会、その議員を地方議員という)が享有するか否かを考察する。

地方議員については、我国法上国会議員の享受する不逮捕特権及び発言、表決の免責特権についての明文の規定が存しないのであるが、地方議会及びその議員は、果して日本国憲法及びそれに基く法体系の中において、国会の両議院及び国会議員と対比して、その権能の点においてどのような差異が認められるであろうか。

(1)  国会は国の唯一の立法機関であつて国家と国民相互の間の権利義務の関係を規律する成文の法規を制定する立法権を独占するものであり、地方議会は、日本国憲法第九四条及び日本国憲法に基いて国会が制定した地方自治法第一四条第九六条により極めて限定された範囲内においてのみ実質的立法作用を行い得るに過ぎない。

(2)  地方議会については、国会の両議院については全く考えられないような行政権若しくは裁判権による介入が許容され得るのであつて、地方議会の自律権自主権は国会両議院のそれに比較してきわめて範囲の狭い限定されたものである。

例えば地方自治法は、地方議会において行う選挙(同法第一一八条)や地方議員の資格決定(同法第一二七条)については、都道府県にあつては自治大臣、市町村にあつては都道府県知事にまず訴願するという訴願前置主義を規定するとともに訴願の裁決に不服がある場合裁判所への出訴を認めているし、また同法第一七六条第四項は「普通地方公共団体の議会の議決又は選挙がその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、当該普通地方公共団体の長は、理由を示してこれを再議に付し又は再選挙を行わせなければならない」とし、同条第五項は「前項の規定による議会の議決又は選挙がなおその権限を超え又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、都道府県知事にあつては自治大臣、市町村長にあつては都道府県知事に対し、当該議決又は選挙があつた日から二十一日以内に審査の請求をすることができる」とし、同条第六項は「前項の請求があつた場合において、自治大臣又は都道府県知事は審査の結果、議会の議決又は選挙がその権限をこえ又は法令若しくは会議規則に違反すると認めるときは、当該議決又は選挙を取り消す旨の裁定をすることができる」と規定して、地方議会における議事手続、選挙、決定等に関する自主的法規である会議規則の解釈運用に関してさえ、都道府県知事若しくは自治大臣等の行政機関による介入権、認定権が認められて居るばかりでなく、同条第七項は「第五項の規定による請求に係る審査の裁定に不服があるときは、普通地方公共団体の議会又は長は裁定のあつた日から六十日以内に裁判所に出訴することができる」と規定して、地方議会の議決又は選挙について裁判所による審査をも許容しているのである。

(3)  さらに地方議会の議員に対する懲罰権は地方議会の自律権の重要な要素であるがこの懲罰についても、これに対する行政権及び裁判権の介入を認めることが判例法的に確立されたもののように思われる。

地方自治法第一三五条の懲罰については、同条それ自体には裁判所に出訴し得る旨の規定を欠いているのであるが、地方議員の懲罰ことに除名についてその取消を求める訴訟において、下級裁判所が裁判権を認めた事例はきわめて多く(例えば福岡高裁昭和二五年(ネ)三三号同年九月一一日判決、高等裁判所民事裁判例集以下高裁民集と略記する三巻三号一三六頁、札幌高裁昭和二五年(ネ)九一号、同年一二月一五日判決、行政事件裁判例集以下行政裁集と略記する一巻一二号一七五四頁、東京高裁昭和二四年(ネ)九一六号、同二五年一二月二二日判決行政裁集一巻一二号一七六三頁、長崎地裁昭和二六年(行)六号同二七年七月四日判決行政裁集三巻六号一二五五頁、青森地裁昭和二七年(行)一〇号同二八年一月七日判決、行政裁集四巻一号一三〇頁、東京地裁昭和二六年(行)二三号同二八年九月三〇日判決行政裁集四巻九号二一四六頁、東京高裁昭和二九年(ネ)二四九〇号、同三〇年二月七日判決、行政裁集六巻二号三三九頁等)又最高裁判所も地方議会の議員除名の議決の取消が裁判の対象となり得ることを認め、昭和三六年四月八日第三小法廷判決(昭和二六年(オ)第九六号最高裁判所民事裁判例集以下単に民集と略記する五巻五号三三六頁以下)は「行政事件訴訟特例法の適用にあたつては、地方議会の議員懲罰議決はこれを行政処分とし、これを行う地方議会はこれを行政庁と解し、同法により懲罰議決の取消を求める訴を提起することができる」旨を判示し、「通常の場合は地方公共団体の議会が議決をしても議決を直ちに行政処分ということはできないが本訴で当否を争われている議員懲罰の議決は執行機関による行政処分をまたず直接に効力を生じこの点において通常の議決とはその性質を異にし行政処分となんらかわるところがない」とし、また最高裁判所の昭和二八年一月一六日大法廷決定(昭和二七年(ク)第一〇九号民集七巻一号一二頁)は、地方議会の議員の除名処分が裁判の対象たり得ることを前提としている。

昭和三五年三月四日第二小法廷判決(昭和三四年(オ)第九四〇号民集一四巻三号三三五頁以下)は町議会議員の除名取消請求事件について昭和三一年法律一四七号による改正後の地方自治法二五五条の二による出訴規定の適用を認め町議会の除名処分に対する出訴については県知事に対する訴願の裁決を経由すべき旨を判示しているのであつて、この判決によれば地方議会の議員の除名については地方自治法が明文で規定したところの地方議会で行う選挙や議員の資格決定の場合と全く同様に訴願出訴という段階をふむことになる。

もつとも、昭和三五年一〇月一九日大法廷判決(同三四年(オ)第一〇号民集一四巻一二号二六三三頁以下)は「司法裁判権が憲法又は他の法律によつてその権限に属するものとされているものの外一切の法律上の争訟に及ぶことは裁判所法三条の明定するところであるが、ここに一切の法律上の争訟とはあらゆる法律上の係争という意味ではない。一口に法律上の係争といつても、その範囲は広汎であり、その中には事柄の特質上司法裁判権の対象の外におくを相当とするものがあるのである。

けだし自律的な法規範をもつ社会ないし団体に在つては、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せ、必ずしも裁判にまつを適当としないものがあるからである。本件における出席停止の如き懲罰はまさにそれに該当するものと解するを相当とする。(尤も昭和三五年三月九日大法廷判決―民集一四巻三号三五五頁以下―は議員の除名処分を司法裁判の権限内の事項としているが、右は議員の除名処分の如きは、議員の身分の喪失に関する重大事項で単なる内部規律の問題に止らないからであつて、本件における議員の出席停止の如く議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものとは自ら趣を異にしているのである。従つて、前者を司法裁判権に服させても、後者については別途に考慮し、これを司法裁判権の対象から除き、当該自治団体の自治的措置に委ねるを適当とするのである。)」と判示して地方議会の懲罰のうち議員の権利行使の一時的制限に過ぎないものを司法裁判の制約から除外している。

(4)  右のように地方議会の自律権の範囲はかなり限局されたものであるばかりでなく、国会の両議院については議長は内部警察権(国会法第一一四条第一一五条)を有するが地方議会の議長にはこのような権限は与えられていないし、憲法上国会の両議院についての資格争訟の裁判権(五五条)議長その他の役員の選任権(五八条一項)議院規則制定権(五八条二項)等の諸規定に対応するような地方議会の権限が地方自治法によつて認められてはいるが、その実質的内容は国会の両議院のそれに比して大きな相違があるのであつて国会の両議院については右の諸権限に対する行政権、裁判権の干渉は認められない。

(5)  尚外国の連邦国家における州、たとえばアメリカ合衆国内の各州においては、フロリダ、メリーランド、ニユーヨーク、ノースカロライナ、バーモンドの五州を除く他の各州憲法は州議会議員の不逮捕特権の規定を設け、又マサチユーセツツ等三九州の州憲法は州議会議員の発言、表決の無責任に関する規定をおいて居り、西ドイツのドイツ連邦共和国内の州又は支邦(ラント)たとえばバイエルン、ベルリン、ブレーメン、ハンブルグ、ヘツセン、ニーデルザツヘン、ノルトラインーウエストフアーレン、ラインランドーフアルツ、シユレスウイツヒーホルシユタイン、バーデンービユルテンベルグ等の諸州の憲法には州議会議員の発言、表決の無責任及び不逮捕特権の規定をおいて居るが、これらの連邦国家内の州又は支邦とわが国の普通地方公共団体とはその発展成立の沿革において著しく異つたものでありそれぞれの国法上における地位、組織も全く異質のものでありしかもこれらの州は右のように議員の免責特権、不逮捕特権につき明文の規定をおいているのに反しわが国の地方議会及びその議員の権能についてはこの種の規定が欠けているのであるから、連邦国家内の州若しくは支邦の議会議員の特権についての類推をわが国の地方議員の権能に及ぼすことは当を失するものである。

以上考察したように国会の両議院及びその議員の権能と地方議会及びその議員の権能とは本来異質のものであるから、前者の諸権能の類推から後者もまた同様の権能を有するという結論を導き出すことはできないのであつて、地方議員は不逮捕特権及び発言表決の免責特権を有しない。又仮りに国会の両議院の議員の議院における職務執行に附随して生起した刑事事件の起訴について議院の告発が訴訟条件であるとしても、(この点は後述の如く免責特権の範囲外の犯罪については一般的には消極に解する)地方議会における同種事件についても同様に解すべきであるという見解を採用することは到底不可能であるといわなければならない。

しかも、当裁判所は憲法第五〇条、国会法第三三条にいう「逮捕」には訴追を含まないと解するのであつて、なるほど国会両議院内部の問題は議院の意思によつて自主的に決定することができ、これに対する外部の公権力の干渉を排除することができ、このことは議院規則制定権、その解釈権、議員に対する懲罰権により担保され、議長が内部警察権を有し議院の意思に基かずに警察権が議院内でその権力を行使することができず、議院内で議員の職務行為に附随して発生した犯罪についてこれを懲罰に付するか刑事事件として告発するかを決定すること自体について院外からする公権力の介入を受けないということによつても議院の自主権は保証されている。けれども議院内における議員の犯罪についてはそれが憲法第五一条の免責特権の範囲内に包含される限りにおいては刑事裁判権の行使は認められないがそうでない場合には議院の自主的懲罰権と外部からの刑事裁判権が併存する。憲法第七六条は司法権をすべて裁判所に帰属させ特別裁判所の概念にあたるものを認めていないから議院は対人的にも場所的にも自ら刑事裁判権や検察権を有するものではなく、国会内の犯罪といえども検察権の訴追に基き裁判所の審判に服すべきものである。このことを議院の一方的意思によつて排除する権能を、憲法上明認されることなくして、議院が当然に有するとは考えられない。これは議院内における犯罪が個人的法益の侵害であると社会的公共的法益の侵害であるとを問わない。

憲法第五〇条、国会法第三三条は特に「逮捕」と規定し、憲法第七五条皇室典範第二一条の「訴追」と区別しているし、もともと会期中の議員の不逮捕特権は、行政権の不当な権力行使によつて議員の身柄が拘束され議院の会議に出席することが妨げられないための保障であるから、それが適用されるのは会期中に限られるし、逮捕勾留以外の任意捜査や公訴提起を制限するものではない。国務大臣や摂政に対する訴追の制約の場合における訴追とは刑事責任追及の手続の全過程を意味するものであろうから、起訴の前段階としての逮捕勾留をも包含すると解すべきだとしても、このことから憲法第五〇条の逮捕が訴追をも包含するという類推を用いることは妥当ではない。

もつとも「議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律」は国会両議院の議案その他の審査又は国政調査権行使のため証人として議院から召喚された者がこれに応ぜず又は偽証した場合の処罰を規定すると共に、各議院又は委員会等が証人がこの罪を犯したものと認めたときは告発しなければならない旨規定し、昭和二四年六月一日最高裁判所大法廷判決(最高裁判所刑事判例集三巻七号九〇一頁)は、この告発を起訴条件と解して居り、又地方自治法第一〇〇条にも右の国会両議院の場合と同趣旨の規定があるが、かりに地方議会におけるこの種事犯についての告発を国会両議院の場合と同様に解すべきであるとしても、元来右のような訴訟条件としての告発権の行使は議会侮辱にあたる犯罪に限定されるのであり、このことから国会両議院や地方議会の内部におけるすべての犯罪について両議院や地方議会の告発が刑事上の起訴条件となるものと解することはできない。

以上何れの観点から見ても、本件公訴が起訴条件を欠き不適法であるという弁護人の主張は失当である。

二、被告人の所為が実質的違法性を欠くという主張について

弁護人関田政雄は判示第一の所為について、被告人の所為は議員としての職務遂行のため惹起された正当の行為であり又もしかりにその手段方法において正当行為としての目的範囲より少々逸脱した点があつたとしても実質的違法性を欠くという。

即ち、判示第一の虎姫町議会に上程された議案である昭和三四年度虎姫町歳入歳出決算認定の件には問題点が包含されていたのであつて、即ち同町大字宮部の町道工事及び同町大字酢の一三号台風復旧工事について不正があり、前者については工事遅延に伴う延滞金の徴収がなされていないこと及び町村道工事に関する県の補助は工事総額三〇〇、〇〇〇円以下のものについて半額支給という枠があるにも拘らず四二〇、〇〇〇円の工事について県費補助を受けているという事実があり、又後者については工事請負人は工事を請負いながら工事を完成せず、地元農民が自力でこの工事を完成したが、この工費は町当局から請負人に支払われたことにして会計上処理されているがその請負代金は農民に支払われなければならないものであるのに請負人は一部の農民に支払つたが一部のものには支払わずこれを着服しているという事情が伏在するので被告人がこれを追及し右議案の可決に反対するため竹内議長の強行採決を阻止しようとした行為であるから議員の職務執行のため正当な行為であり被告人が竹内議長を議場外に連れ出した行為は正当でありかりに正当行為としての範囲から多少逸脱した点があつたとしてもこの程度の行為は実質的違法性を欠くという。又同弁護人は判示第二の所為についても議員としての正当な職務執行行為であり仮に多少職務執行の範囲から逸脱した点があつたとしても実質的違法性を欠くものであり、判示第三、第四の所為は議員としての職務執行に付随して行われたものであるから実質的違法性を欠くと主張するから、以下順次考察する。

判示第一の所為の違法性について考察すると、判示第一の事実認定の資料とした前掲各証拠中昭和三六年虎姫町議会第一回臨時会会議録写、第二回公判調書中証人竹内康雄の供述記載、証人国友喜六、同国友孝男、同新井弥津之進の当公判廷における各供述によれば、右臨時会において上程された議案昭和三四年度虎姫町歳入歳出決算認定の件の審議に際しては、被告人及び他の議員から質疑があり質疑終了の後討論に入り、被告人は虎姫町大字宮部の町道補修工事につき工事を請負つた業者が工事の施行を遅延したのにかかわらず町当局が業者との契約に基く延滞金を徴収していない点及び同町大字酢の工事につき弁護人主張のような点を指摘して決算の認定に反対したが、松本昇一議員、富永正文議員等からは決算の認定に賛成する意見の開陳があり、国友孝男議員、辻本副議長等から採決をとるべきだという発言があり監査委員たる新井弥津之進議員からはこの点に関し「採決をとつて後日問題となり間違つているということが判明すれば面目はつぶれるので満場一致認定するということに持つて行つてほしい」という発言があつたが、各議員からの賛否の意見は出尽したので竹内議長は討論が終つたものとして採決に入るべきか否かを議会にはかろうとした際に被告人が判示第一の暴行に及んだものと認められるのであつて、竹内議長は虎姫町議会会議規則写によつて認められる同規則第六章第四節乃至第六節所定の町議会の議事手続についての規定に準拠して議事を進行したのであつて、右議案がたとえ虎姫町大字宮部の町道工事及び同町大字酢の災害復旧工事について地方財政上問題となり得る点を包蔵していたとしても右議長の前認定のような議事進行にはそれ自体に明白且つ重大な違法不当は見受けられないのであつて一応適法な議長の職務執行行為というべく、これを阻止するため被告人が同議長に対し実力行使即ち有形力の施用を敢えてしたことは議員の職務執行行為として法律上正当化され得るものではなく議事の整理進行についての議長の公務執行を妨害した違法有責の行為であり違法性を阻却すべき事由は認めることができない。

次に、判示第二の事実認定の理由において説明した事態の推移に徴すると被告人を含む各議員は同日午後八時半辻本副議長が開議を宣し「議長選挙の結果竹内氏が当選されましたが辞退を申されたので懇請いたしましたところ受入れていただいたので竹内氏を議長に決定されました」と発言したのを議場において開いたわけであり、且つ竹内康雄が議長席についたという事実を目撃しているわけであるから、竹内康雄が議事の休憩中に辻本副議長から説得されて議長就任を受諾したことは被告人が容易に認識し得たものであるところ、竹内康雄が右のように辻本副議長の懇請により議長就任を受諾したことは休憩前に行われた開票の直後における議長就任を辞退したい旨の竹内の発言が必ずしも確定的な当選辞退の意思表示を意味するものではなく仮りに辞意の表明であつたとしてもそれは不確定なものであつて確定的な当選辞退として取扱うべきものでないのではないかとも思われる節があり従つて竹内康雄が辻本副議長の説得により当選を受諾した結果議長就任の効果が発生したものと理解する余地が全くないわけではなく、このように議会において行う選挙に関する疑義がある場合には第一次的には議会がその疑義についての決定をするのが理論上妥当と考えられ(地方自治法第一一八条、衆議院規則第一一条、参議院規則第一〇条参照)辻本副議長の前記発言及び竹内康雄の議長席着席及びこれに引続き同人が議長としての行動を開始継続することにつき被告人がこれを不当と考えたとしても、竹内康雄の議長としての行動開始が明らかに違法のものであつたとは客観的には容易に断定し得ないところであり、従つて被告人がこれを阻止するためには、被告人が議長選挙につき再選挙を行うべきであるとするならばその旨の動議を議会に提出して議会の議決を求め、もし動議が否決された場合にはこれを不服として知事に訴願し、更にその裁決に不服があるときは裁判所に出訴する(地方自治法第一一八条第一項第五項参照)等の法律上の争訟によるか、或いは虎姫町住民に働きかけて地方自治法第一三条第一項又は第二項による町議会の解散請求又は町議会議員、議長の解職請求等いわゆるリコールの方法による町議会運営の改革を計るよう奔走し努力する等の政治的方途に出るべきであつて、このような合法的方策によらずして竹内康雄が議長就任のあいさつを行うに際しこれに暴力を行使してこれを阻止せるが如きは、品位ある言動と合法的活動により地方行政の審議に当ることを任務とする議員の行動として法律上許容さるべきものではなく可罰的評価の対象となる違法行為であり被告人の右暴行は町議会議長の公務執行妨害とはならないにしても単なる暴行罪として処罰の対象たるべきものと解するのが相当であつて、被告人の右暴行が正当行為にして実質的違法性を欠き可罰性なきものとする弁護人の主張は失当であるといわなければならない。

尚判示第三、第四の所為の可罰性について考えると右各事実認定の資料とした前掲証拠によれば判示第三の所為は被告人が竹内康雄に対し判示第二の暴行を加えたことにつき副議長辻本藤三郎が被告人をたしなめたことに立腹して行つた暴行であり、判示第四の所為は富永正文議員に向つて被告人が同議員の工場誘致委員長の職を辞職しないのかといつたのに対し、同議員が辞めなくてもよいという趣旨の返答をしたのに立腹して加えた暴行であつて、何れも議場において被告人が他の議員に対し単に腹立ちまぎれに加えた所為であると認められ被告人の議員としての職務執行行為とは無関係な暴行であり、法律上正当視され得ない可罰的違法行為であることは明らかであつて、実質的違法性を欠く所為であるという弁護人の主張は認容できない。

三、心神喪失の主張について

弁護人関田政雄は判示第二の犯行当時被告人は飲酒酩酊に因る心神喪失の状態に在つた旨主張し、弁護人浜田博は判示第三、第四の犯行当時被告人は飲酒酩酊に因る心神喪失の状態に在つた旨主張し、被告人もまた判示第二、第三、第四の各犯行当時飲酒酩酊に因る心神喪失の状態にあつた旨主張するのでこの点につき考察する。

昭和三六年虎姫町議会第二回臨時会会議録写、第二回公判調書中証人竹内康雄の供述記載、第四回公判調書中証人村上一三の供述記載、証人米田秀造の当公判廷における供述、村上一三、米田秀造、中村貞蔵、富永正文の検察官に対する各供述調書を綜合すれば、判示第二、第三、第四の各犯行が被告人によつて行われた時刻は午後八時四五分頃と認められ、又その前の午後七時四五分頃議員が食事を採るため会議が休憩に入り、開議に至る午後八時三〇分頃までの間に全議員が議場において食事中に、被告人が階下から日本酒五升を議場に持参し他の議員達に酒をすすめたが各議員が飲もうとしないので被告人が怒つて議場の窓から酒を流しにかかつたので各議員が止むなく被告人から湯呑に酒を注いでもらつて議員全員で五升の約半分の量を飲酒したがその際被告人は各議員に酒を注いで廻つたり議員が飲酒を回避するため酒をかくさないかと見張つたりしたため被告人自身は僅かの分量しか飲酒して居らず、又被告人が竹内康雄に暴行した直後一升瓶をらつぱ飲みする恰好をしたがその際にも僅かしか飲酒して居らず被告人の言うことも足許もしつかりして居た状態であつたことが認められ、しかも被告人が判示第二、第三、第四の犯行に及んだのは、竹内康雄の議長就任の不当を強く主張した直後のことであり被告人の意識内においては理非曲直、是非善悪を評価し判断する作用が旺盛に働いていたものと認めざるを得ないのであつて、被告人が右各犯行当時心神喪失若しくは心神耗弱の状態に在つたものということは到底不可能であるから弁護人及び被告人の右主張はこれを肯定することができない。

(法令の適用)

判示第一の所為は刑法第九五条第一項に、判示第二、第四の各所為は同法第二〇八条、罰金等臨時措置法第二条第三条に、判示第三の所為は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、それぞれ所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条第一〇条により最も重い判示第三の傷害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で刑の量定をすべきところ、被告人の前科調書、被告人に対する福井地方裁判所の判決の謄本、被告人に対する長浜簡易裁判所の略式命令の謄本によれば被告人が昭和二六年一一月二九日福井地方裁判所において暴力行為等処罰に関する法律違反罪により懲役一年に処せられ(同二七年四月一六日判決確定その後同年四月二八日政令第一一八号減刑令により懲役九月に減軽)又同三三年九月一〇日長浜簡易裁判所において傷害罪により略式命令で罰金一、〇〇〇円に処せられ(同月三〇日確定)た前科を有する事実が認められこの点と本件事犯の情状とを併せて考慮し本件については被告人を懲役六月の実刑に処するのを相当と認め、尚訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に全部負担させることとして主文のとおり判決する。

(裁判官 木本繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例